人はみな、痛みを抱えて生きている。
数々の痛みと対処しながら、毎日生きていかなければならない。
それでも、時には容赦無く襲ってくる痛みに耐え切れなくなる時がある。
このままじゃ駄目になる、と自分で自分自身を追いつめてしまう。
私が鈴木慶一のライブを観に行った時は、その痛みを抱えすぎていて、どうしようもない状態だった。
鈴木慶一に関する知識はほとんどなかった。
ムーンライダースという名前は知っていたし、興味を持っていたけど、私にはどうも敷居が高く感じられ、彼らの音楽に接する機会が与えられなかった。
今年9月末、渋谷のライブハウスで行われたイベントで、鈴木慶一は鈴木博文と共に「THE SUZUKI」というユニットで演奏していたのが私にとっての初めての慶一体験だった。
そんな私がなぜ彼のライブに行こうと思ったのか。
ムーンライダースファンである友人からソロライブを行うという情報を知り、ぜひ見に行って欲しいと勧められた事もあったが、今考えてみると、荒波の激しいこの世界で20年以上も活動を続けている彼からサバイバルの精神を、痛みを乗り越える方法を、音楽を通
して知りたかったからだと思う。
1970年代デビューした鈴木慶一は一体どれくらいの痛みを抱えていったのだろう。
そしてどのようにして痛みを乗り越えていったのだろう。
この日のライブで彼のサバイバル精神を確かめたかった。
私が入場した時には(当日券だったので、最後の方になってしまった)すでに人で埋まっていて、ステージの全貌は殆ど見えなかった(ステージ上に座って見るという手もあったらしいが、私にはステージで見る勇気がない)。でも少し背伸
びしてみたら、頭の間から慶一さんの姿が見えてきた。ギターを弾いている時の動きや、ピアノを奏でている姿も分かった。
事前に慶一さんやムーンライダーズの音楽を殆ど聴かずに臨んでしまったので、殆どのナンバーが私にとっては初めて体験するものだった。でも途中クリスマスナンバーを取り入れたり、ランディ・ニューマンやクレージーホースのカバーを日本語に訳して歌ったり、新曲の「Sweet
Bitter Candy」を歌ったりと、初心者の私でも楽しめる構成だった。
MCでは「ムーンライダーズの音楽は敷居が高いと言われてしまう(苦笑)」とか「このライブが終わったら遊びます。今度サッカー大会があるので、良かったら応援に来てください」とか「バンドだと6人いるからわいわいするけど、ソロだと一人だから楽屋にいても淋しい」など、ほのぼのとしたしゃべりに親近感が湧いてきた。後半にはレコーダーも入り、DJ&ギター&ボーカルの一人三役形式で演奏をしていた。アンコールに3回応え、矢野顕子もカバーしていた曲「塀の上で」をピアノで力強く歌って幕を閉じた。
終演後、慶一さんとちょっと言葉を交わす事が出来た。
ステージ上と変わらない姿の彼は、舞い上がっている私に対して優しく応対してくれた。目の前の彼は優しく、とても穏やかな人だった。しかしその奥に、とてつもなく鋭い瞳を持っていた。その瞳で彼は過去・現在・未来の状況を悟り、適応してきたのではないだろうか。
ライブを見て気が付いた事が一つある。
ステージ上の慶一さんと観客一人一人との間に、ピンと張りつめた糸があるのが見えたのだ。その糸は忠実に音楽を続けている慶一さんと、彼が活動を続けている姿を応援し、支え続けている人達との共同作業で作り上げてきたものだと思う。長年に渡って作られた頑丈な糸は、様々な痛みが降ってきても決して切れたりしないものだろう。そしてその糸は、彼を支える人が多くなる事でますます強くなっていく。
「心の底から笑える日くるまで/ずっと待ってるよ」
本編の最後に歌った「心の底から笑える日くるまで」を聴いた時、私は不意に涙が出てしまった。今の私に欠けているものは「心の底から」笑う事だったのだ。
ここ数日抱えていた痛みに対処出来なかったのも、心から感情が出せなかったのだ。この日のライブでその事を気づかせてくれた。慶一さんの優しい笑顔と、彼の音楽から発せられる力強さによって、今を生き抜く為のサバイバル精神、痛みを乗り越える方法を少しだけだけど分かった気がする。20年もの間音楽と共に生きてきた彼が今も大きな存在を持って歩んでいる姿を見て、まだ20数年しか生きてない私はまだまだ青いなと改めて感じた。
そしてこの日のライブに参加出来た事で、私自身も彼とつなぐ糸を持つ事が出来た。この糸を常に持っていれば、また痛みが降ってきても私を守ってくれそうな気がする。
彼が持っている痛みは、私のそれとは全然違うものかも知れない。そもそも彼が痛みというものを持っているかも分からない。でも私自身が彼とつなぐ糸の一本として彼を支えていけたら、どんなに嬉しい事だろう。そんな事を考えながら、私は年の瀬が迫ってきた銀座の街を歩き、家路へと向かったのだった。
(1998/12/27) |