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Vol.7「A Dream Goes On Forever…」
1999.12.26〜有馬記念/グラスワンダー(後編)
有馬記念グラスワンダー
(C)NEPPIE(クリックすると拡大で表示されます)

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「有馬記念、見に行かない?」
…と競馬仲間の一人から誘われた時、正直言ってちょっと迷った。相当の混雑の中を行くのは大変だなぁという思いもした。今年はオークスや天皇賞というG1レースをナマで見に行ったのだけど、有馬の混雑度は相当なものだという話を聞いていたので、どうしようかなぁと思ってしまったのだ。
しかし、スペシャルウィークのラストランである有馬記念。グラスワンダーも出てくるし、皐月賞馬テイエムオペラオーや菊花賞馬ナリタトップロードも出る。このそうそうたるメンバーの姿をナマで見られるのも最後というのを思ったとき、これは見逃してはならないという思いの方が強くなり、思い切って有馬記念を見に行くことにした。チケットを友人にあらかじめゲットしてもらい、いざ中山へ向かうことになった(実は前日も中山に行っていたので、2日連続で競馬場に足を運ぶことなってしまった。私としては結構珍しい)。

中山は朝から人が多かった。だけど思ったより歩けたので、いろいろな所に移動する事ができた。パドックでは、99年最後のレースという事もあってどの馬も精一杯走るぞという意気込みが感じられた。関係者も気合いが入っていた感じに見える。
そしてメインの有馬記念のパドックが始まった。スペシャルウィーク、グラスワンダー、テイエムオペラオー、ナリタトップロード、ファレノプシス、ステイゴールド、フサイチエアデール、ツルマルツヨシ…トップクラスの馬たちが一同に集まる姿を見て、やはりグランプリだなぁ、やはりこの年の集大成のレースなんだなぁと思いながら、パドックを見ていた。しばらくして本馬場入場を見るためにスタンドに戻り、近くにいた友人達と雑談をしながらレースが始まるのを待っていた。
本馬場入場の時、他の馬が颯爽と走っていくのに対し、グラスだけはのこのこと歩いていた。堂々と歩いたというのとも違う。別に観客の多さにびっくりしていた訳ではないと思うが、マイペースで歩いているグラスの姿を見ているのを見て、「やけに落ち着いているなぁ」と思った。グラスと的場は、この時点で勝てるという確信を持っていたのかもしれない、今思えば。

レースがスタートした。豪華なメンバーが一同に集まって走っている姿を見て、改めて有馬記念のすごさを感じた。ナリタトップロードは前の方に、グラスワンダー、テイエムオペラオーは中団に、そしてスペシャルウィークは後方からの競馬になった。宝塚記念とは展開が逆になった。最後の直線。有力馬が一気に勝負をかけてきた。グラスワンダーが出てきたと同時にスペシャルウィークもすっとあがってくる。テイエムオペラオーも、ツルマルツヨシもあがってきた。残り200mを切った時、スペシャル、グラスがほぼ同時に先頭に立って、そのままゴールに入った。

有馬記念、ゴール直後


「スペシャルハナを差したか!?グラスが守ったか!?」
ゴールしてしばらく経った後も、スタンドではどよめきが起こっていた。しばらくすると、2400mを走り切った馬たちが次々と引き上げていく。驚いたのはその中にグラスワンダーもいたという事だ。私は「えぇっ!?」と動揺した。的場は負けたと思ったのだろうか?次々と??が私の中で起こっているうちに、スタンドでの光景にさらに驚きを隠せなかった。
何と、スペシャルウィークがウィニングランをしていたのである。たぶん武豊は「勝った」と思ったのだろう。写真判定に持ち込まれたため、掲示板にはまだ着順が出ていなかったが、武豊がスペシャルウィークの最後の雄姿を観客に見せていた。ユタカコール、スペシャルコールが響く中で、武豊は何度も手を振り、スペシャルウィークにねぎらいを見せていた。その光景を見ているうちに、「これは仕方ないかな」とあきらめかけていた。(ちなみに私の周りにいた友人達は8割が「これはグラスが勝ったよなぁ」と思っていたという)スペシャルウィークと武豊が引き上げた後、着差が掲示板に出た。1着と2着の差は「ハナ」。そして、一番上に来たのは…。

1着:7番・グラスワンダー

この時私の周りで起こった大歓声は、一生忘れることがないだろう。
興奮しながら次々と周りの仲間達と共に握手を交わす。1着グラスワンダーと2着スペシャルウィーク。その差ハナ差でわずか4cm。この4cmが大きな差となった。ウィニングランして勝利を確信した武豊がハナ差4cmで泣き、負けたと思い引き上げてきたグラスワンダーがハナ差4cmで笑ったのだ。これが競馬なのだという事を改めて思い知らされた一瞬でもあった。来年への夢を叶えるために現役続行を決めているグラスワンダー。このハナ差4cmの勝利は、競馬の神様から与えてくれたプレゼントだったのかも知れない。自分にとってこの年のベスト1だったレースを、生で体感する事が出来た事に感激した一日だった。チケットを取ってくれた友人や、一緒に観戦出来た仲間達、そして素晴らしい競馬を見せてくれた馬たちに感謝したい。

そして2000年。三強といわれ、年度代表賞を争ったスペシャルウィーク、エルコンドルパサーと同期が引退する中で現役続行を決意し、マル外に解放される天皇賞、秋の凱旋門賞を視野に入れて望んだグラスワンダーだったが、日経賞、京王杯SCとまさかの惨敗をしてしまう。有馬ですべて力尽きてしまったのか…陣営は最後の力を賭けて宝塚記念へ望んだ。
鞍上を的場から蛯名正義に替えて望んだ宝塚記念。だが、結果は春の天皇賞を快勝した皐月賞馬テイエムオペラオーが横綱相撲で快勝、グラスワンダーは有馬の力が戻ったかに見えたが6着に終わってしまった…。ゴール直後、蛯名が下馬したというのを聞いて、彼が故障したという事を知った。骨折したらしいという。下馬する程ひどい怪我なのか、もしかしたら命も…??とても不安になってきた。もし万が一安楽死ということになったら、種牡馬としての大切な存在となる馬を失う事になる。命だけは何とか守ってほしい、私はそう願った。グラスは幸い一命を取り留め、骨折した箇所の症状も徐々に回復に向かっていて、現在は北海道で休養をとっているという。今年中に回復出来れば、来年の種牡馬生活にも支障がないということなので、少しほっとした。

引退する事を知った時、私の心はとても辛かった。と同時に彼の無念の思いを感じた。それは、結局彼が万全の状態で勝つ姿が見られないまま、ターフを去らなければならないという事からだった。第43回有馬記念、第40回宝塚記念、そして第44回有馬記念とグランプリを連覇。しかし、どの時も前走で大負けしたり、惜敗したりと完全な状態ではなかった。宝塚の時も有馬の時も、ちょっと人気が下がったかなという時だった。的場も雑誌のインタビューで「完全な状態の時に走らせたかった」と話していたし、もし完全な状態でレースに望んでいたら、周りからは更に脅威の馬と言われた事だろう。途中の骨折や故障が無ければ、スペシャルウィークやエルコンドルパサーよりも勝っていた馬と言われたかも知れない。毎日王冠で的場がグラスを選ばずにエルコンドルパサーに乗っていたら、最後の宝塚記念でそのまま的場が乗っていたら…、そう考えるのはよそう。

3歳のデビューから6歳夏まで走り抜いた栗毛の雄姿は忘れることはないだろう。スペシャルウィークやエルコンドルパサーだけでなく、セイウンスカイ、キングヘイロー、マイネルラブ、ウィングアローとG1ウィナーが集まっているこの世代の中で、彼の存在は貴重だった。3連続グランプリ制覇を成し遂げた馬はグラスしかいない(はず)。引退した直後から、グラスワンダーは次の夢に向かってまた新たな歩みを始めようとしている。彼の子供達がデビューする頃、競馬界は、私はどうなっているだろう。これからもグラスワンダーと共に夢を追いかけていきたい。

スペシャルウィーク
ラストラン・スペシャルウィーク(C)NEPPIE
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参考文献:週刊Gallop臨時増刊「週刊100名馬 Vol.89:グラスワンダー」

Last Update:2000/8/19
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